2020年09月01日

交通違反者講習(社会参加コース)体験記

8月7日に大阪府公安委員会から封書が届いた。開けてみると違反者講習通知書の文字。1か月以内に講習を受けないと自動車運転免許が停止されると書いてある。現在は更新5年の優秀なゴールド免許保持者やのに、えらいこっちゃ!
免許取得日が平成19年(2輪は20年)になってるのは、18年に一年間の免許取り消し処分になって再取得です。

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7月5日の交通違反で累積点数が6点になったのが理由。2月に大阪市内で広い道路やのに進入禁止で1回、7月に大東市内の許可車のみの道路に入って切符を切られた覚えはある。それぞれ2点やから4点、後の2点はなんやろ。初回の違反から3年以内に累積6点らしいが、3年前の違反なんか覚えて無い。

講習には運転実技を伴う実車コース(13,400円)と戸外に出て交通安全を呼びかける社会参加コース(9,950円)の2択。講習場所の一覧表で、近くの阪奈自動車教習所に問い合わせると、実車講習は1か月先まで予約が一杯とのこと。仕方なくネットで、自転車で30分程の鶴見警察署の社会参加コースを予約したけど、結果的には講習費が3,450円安いし、そう退屈しなかった。

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教材は免許更新時と同じような冊子と動画鑑賞。1時間の昼食休憩や途中3回のトイレ休憩はあるものの、9時20分開始で終了は4時半と拘束は7時間10分とかなり長く、一日掛かり。
講習時間中はスマホ禁止なんで拾い画像やけど、こんな様子。普段は16人定員ですが、コロナのせいで当日は半分の8名。20〜30代の若者ばかりで、高齢者はおれ一人。ここでは本名でなく、番号で呼ばれる。おれは7番、軍隊式と言うか、いかにも警察らしい。因みに講習会場は鶴見警察に隣接する交通安全協会で、4人の講師は全員警察官OB.

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社会参加活動と言っても、午前の部は交通安全の黄色いタスキを掛け、危険・運転中の携帯電話・メールの文字が書かれたプレートを胸に掲げて交差点付近に立っているだけ。運転者や歩行者の目を引き、ホントに役に立ってるんやろか。午後の部の社会活動はチラシ配布の予定やけど雨が降り出して中止、講義より外に出る方が気が紛れるのに。テイッシュを配ったり、横断歩道の旗振りオジサンをする講習場所もあるらしい。

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前回の更新の時は無事故無違反で、優良運転者として更新は5年やったけど、3年間で6点を超えるとゴールド免許が取り消されて、来年8月の次回更新は有効期間が3年になってしまう。
3回の違反金は27,000円、講習費を合わせると合計36,950円を大阪府警に没収されてしまった。悔し〜。日頃は無駄遣いせず質素に暮らしてるのに。
警察の会計予算は年中大幅黒字やろなあ。隠れてネズミ捕りすれば、いくらでも反則切符を切れるんやから。皆さんも無駄な出費をしないよう気を付けてくださいね。違反点数と罰金(単位は千円)の一覧表を載せておきます。

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アクセルとブレーキの踏み違いや、高速道路逆走など高齢者の事故多発で免許証返納が話題になるけど、やっぱり車は便利。認知症にならん限り運転を続けたい。
posted by yosi&ゴン at 09:24| Comment(2) | 日記

2020年08月13日

陸奥一人旅その3

7日目は奇跡の一本松の高田松原を後に三陸沿岸をさらに気仙沼に向かって南下、相変わらず道中はこんないい景色が続き、ところどころ立ち寄って写真を撮る。車の交通量は少ない。
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八戸から宮古(盛駅)までは鉄道が復帰したが(NHKTVあまちゃんで有名に)、そこから石巻まではBRTバス路線に振替になり、多くの線路がこのようにBRT舗装されてしまった。鉄ちゃんとしては鉄道を復帰してほしかったなあ。
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気仙沼の大島には1昨年橋が出来て前のようにフェリーで渡ることもなくなり、便利にはなったがちょっと寂しい気持ちもする。日本全国、小島へ渡るフェリーや渡し船が廃れているね。
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今日の宿は、またまた道の駅で「上品の郷」・・(じょうぼんのさと)と読む。・・いう。日帰り温泉やコンビニもすぐ隣にあり便利だ。駐車場はあまり大きくないが車中泊の車がかなりある。相変わらずエンジン掛けっぱなしの煩いトラックがいるが、あれは冷凍・冷房車なのかな?荷物を腐らせないためずっとエンジンをかけて冷凍冷房庫を冷やしているのか?
でもまあ今日も涼しくて車内は暑苦しさを感じなくて何とか眠れそうである。
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8日目は気仙沼を後に松島を廻って仙台へ。途中石巻市の大川小学校の後を見に行く。震災で多くの生徒や教職員が犠牲になったところだ。この辺の北上川は川幅も広く水量も多い。学校は堤防より一段低いところにあり、津波が堤防を越えたらひとたまりもない所だった。後ろに控えた山に逃げられたら助かったのにと今更思うが、その時の教職員の経験と地震津波に対する知識がほかの助かったところとは違ってしまったのはいまさら言っても仕方がないが・・・残念である。あの地震は多くの人の想定外だったんだね。
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松島は結構な人出がいた。景色は確かに素晴らしいが瑞巌寺周辺にだけ集中していた。土産物店や食べ物店もその辺に集中し、遊覧船乗り場もある。
ちょっと外れたところで甘い団子で一服!
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仙台は本来なら七夕まつりの時期だが今年は中止で残念!七夕の飾りが盛大にまつられるアーケードの商店街をぶらぶらと散策するが、代わりと言ってはなんだが小さな竹飾りが各商店前に飾られてあった。東北の大都市の週末にしては人通りはそれほどでもないが、やっぱりコロナの影響か。

9日目は午前中仙台城址(青葉城ともいう)を見学。杜の都とあって確かに大樹が多く規模も大きい。我が駿府城と違って戦国時代の城だけあって小高いところに大きな本丸跡がある。ところが城につきものの天守台がないので係りの男性に聞くと、徳川家康に遠慮して天守を作らなかったとか。
本丸跡から仙台市街を望む。
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福島目指して国道6号線を南下、途中ちょっと外れて脇道に入ったりすると津波で亡くなられた集落の集団墓地かまだ新しい墓石が並んでる場所や、見事なひまわり畑に遭遇。墓石の暗い色とヒマワリの明るい黄色の対照が心には複雑で、なんともいえない。
今夜の宿は「道の駅そうま」静かで休憩所は夜も開いておりWIFIも使えるし有難い。
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10日目は福島原発のある浪江町を6号線は通って茨城県へ。福島原発近辺は人や自転車の進入は駄目で乗用車のみOK通れる。まだ放射線の影響が残っているから遅い自転車や人は長い時間滞在するとよくないということか。6号線からわきへ入る道は立ち入り禁止の柵が置いてあり、「この先帰還困難地域のため・・」という看板があちらこちらに建てられていた。でも工事関係車両が出入りする脇道には警備員が立って出入りを見張っているがあの人たちは大丈夫か?放射線防御の服かなんかでも下に着ているとしたら暑さで大変なことだ。
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仙台から南の海岸は三陸のリアス式海岸の入り組んだ断崖や岩の海岸線と違って砂浜が多くなる。
サーファーの楽しむ浜の近くにある塩屋岬。それまで何ともない所だったが美空ひばりの歌で一気に観光地となてしまった。
この後の茨城・千葉と同じく多くのサーファーが波乗りを楽しんでいた。
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実在は確かでないが一応文学などでも有名である勿来の関へ寄り、そのあと20歳ころ訪れたことのある袋田の滝(日本三名瀑の一つ)へ42年振りの観光。国道6号線からは内陸部へ入って一時間ほどだが、途中の道は細くてカーブの連続で緊張する。42年も経っているので記憶は定かではないが、前回と比べ土産物屋や食い物屋が圧倒的に増え駐車場も結構混んでいて(500円)そこそこの人混みだった・・・当然か。その上自然の滝を見るのに入場料を取っている。もっとも、滝の展望台とか歩きやすい地下通路(前は山道を登った記憶が)やエレベーターが設置されていたけどね。観光客呼び込みの投資だろうけど、自然のものを楽しみに行くのに金をとるのはイマイチ釈然としない。袋田の滝は別名四段の滝と言われているが、すべてをいっぺんに見られるところはない。
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この近辺の茨城には適当な車中泊場所がないので、どんどん南へ走るがもう暗くなってきた。途中のファミリーレストラン「ガスト」で食べたこの旅初めてのヒレカツが思いのほか旨くてファミレス侮れないぞと思ったよ。適当にネットで探した近くの「道の駅たまつくり」(茨城県行方市)に落ち着くが、落ち着いたのはしばらくの間だけ、10時ころから原チャリ族やオートバイ族が集まり始め煩い煩い!(最悪)そんな時間だけれども早速逃げ出して近くのもう一つの道の駅「いたこ」へ・・・・潮来の伊太郎・潮来花嫁さん、の水郷の潮来である。恐山のイタコとはちょっと違うっぞ!静かで車中泊の車も多くて安全そうで、最初からここへ来ればよかったなあ。最後の車中泊場だ。

11日目は潮来の隣町の鹿島の鹿島神宮へ。杉の巨木の多い荘厳な雰囲気のある古社である。朝早いため駐車場係りが出勤しておらず、門前のすぐ近くにタダで止めて観光できてしまった・・ラッキー。これからはなるべく早朝時間帯を狙って観光しよう!!
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車を走らせていると巨大なスタジアムが見えてきた、何だろうと思ったらJリーグの鹿島スタジアムだった。わが町清水エスパルスとは大違い。周辺施設サブグラウンドも立派でこれなら優秀な選手が集まるはずだと思ったが、清水との最近の成績の差はこういうところの差も出るんではなかろうか。。誰だってどうせなら立派なところでサッカーしたいよね。
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この旅の最初のころに本州最北端を制覇したので、今度は本州最東端を制覇すべく千葉県の銚子の犬吠埼へGO!(本州最南端と最西端はかなり前に制覇)。
しばらくして利根川沿いを進むが坂東太郎と異名をとるだけあって川幅も広く水量もあって堂々たる川である。その後今夜の宿泊地勝浦へ九十九里浜沿いの道をひたすら走る。ここでもサーファーはよく見かける。
勝浦のホテルへ4時少し前に到着。ここでゆったりと旅の疲れを温泉で癒し、最後の自宅への走行の英気を養う。
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これで一応東北太平洋岸車中泊の旅も終わり。長くて退屈な旅日記をご覧くださった方々、どうもありがとうございました。
posted by yosi&ゴン at 15:41| Comment(4) | 日記

陸奥一人旅その2

4日目は下北半島の東のはずれ尻屋埼へ、ここは雪の中に佇む馬の写真を見たことがあるかもしれませんが、その寒立馬でも有名な岬です。幹線道路から外れて岬へ行く道は集落もなくすれ違う車もたまにダンプカーが通るだけ。
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ここでは中部日本なら春、または夏に高山に咲いているような花が見られる。
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さあここから一路南下するのみ。太平洋沿岸沿いに三陸を目指す。海沿いにはポツポツと人家が表れ港がある。ここは津波にやられなかったのだろうか?古い木造の家屋がところどころ残っていて、”う〜んいいなあ”。”廃校になった小学校の朽ちた校舎もいいぞ”
昆布取りの合間にばあちゃん達がおしゃべりに花を咲かす、漁港ではイカ釣り船が停泊し、年老いた漁師が網を繕っている。まるでなんか映画の世界みたいだ。
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今日の宿は三陸の北の入り久慈市の町中にある道の駅どふう館、ここは建屋の前の駐車場は狭いがちょっと上った第二駐車場は広くて静かで水道もあっていい。トイレは下の降りなければならないけど、小のほうならそこいら辺でも暗がりなら・・・・
道の駅内には立派な山車が飾ってあった。今年はコロナの影響で東北三大祭り以外にもいろんな土地の祭りが中止になってしまって、地元の人は寂しいだろうなあ。
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5日目は久慈駅から二つばかり南の陸中野田駅まで行って車を止め、三陸リアス鉄道に乗る、数駅乗ってまた戻ってくるだけだが楽しい。数年前朝ドラTV「あまちゃん」で有名になった鉄道である。海沿いの絶景地を走り、見どころではわざわざ列車を止めて眺望を楽しませてくれる。
これはその列車内からとった写真と、後から国道沿いに車を走らて橋の上から列車を撮った写真。
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その後三陸沿いを宮古市まで走り(ずっと国道45号線)、港の近くのまたまた道の駅みやこで今夜の宿泊。早く着いたのでそこから車で20分ほどの日帰り温泉「湯ったり館」で汗を流し。食料を仕入れついでにガソリンを入れ戻る(ここまで清水から訳1500km)。
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6日目は道の駅近くの有名観光地、浄土浜へ。朝早いせいか観光客もほとんどいない。波が静かで水のきれいな海に白い奇岩が映える。今日の気温27度水温19度とあったが、水はきれいで透明度は高そうだが、伊豆と違ってカラフルな魚の姿も小魚の姿も見えないから潜っても面白くないかもしれない。
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浄土ヶ浜を後にさらに南下、ところどころ見え隠れするリアス式海岸の景色は素晴らしくドライブも飽きない。幹線道路から外れて岬のほうへ回る道に入ったりするが、行き止まりだったり通行止めだったりと時間を無駄にしたりするのも自由で楽しい。三陸海岸は細かい入り江や湾がずっと続いていて、漁港だらけ。東日本東北大地震の爪痕はまだまだ残っていて、復興途上だ。1000年に一度の大地震のために陸からは海が待ったく見えない津波防潮堤が延々と続く。
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奇跡の一本松で有名になった陸前高田には立派な道の駅と地震記念館が出来ていた。防潮堤の内側は津波で更地になったままの土地がいまだ広がっているところも多い。
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posted by yosi&ゴン at 15:08| Comment(4) | 日記